村上春樹「カンガルー日和」〜最愛の短編集

私は村上春樹に出会った時のことをよく覚えている。

私は高校生でグレーのブレザーの制服を身につけ、駅前の小さな書店に入った。特に探していた本はなかったけれど「何か買おう」と決めていた。
棚の前に立った時「カンガルー日和」というタイトルの本が目に入った。村上春樹を私は知らなかった。ただ「カンガルー日和」という言葉は何か素敵な響きに感じられた。

そして今に至るまで何度読んだかわからない。時折手に取りたくなるのだった。
その後、私は彼の短編集を見つけるたびに一冊ずつ買い集めていった。彼の長編はほとんど理解できなかったけれど、短編は音楽を聴くように身体に馴染んでいった。その中でもやはりカンガルー日和は私の中で「とても村上春樹的な」作品だ。

私はストーリーの巧みさより、そのシーン、シーンに入り込ませてくれることを重視しているのだと思う。
「私がこう言って、彼女がそう言って、私がこうしたので、こうなりました」より「私はこう思ったけど、こんな声で、こういう風に言いました」の方がストーリーとしての情報量は少ないかもしれないけど、より緻密にそこにある空気を吸うことができると感じる。むしろそのしつこめの比喩を読むために村上春樹を読んでいると言ってもよい。
私はいつも、パスタを茹でるたびにドイツシェパードの行水に使える鍋を思い浮かべ、ビジネスホテルに泊まるたびにヌーベルバーグのカメラワークで映し出される緬羊の町の彼女を思い出す。
もちろん私は彼の編むストーリーもとても気に入っている。本当の人生に起承転結はそんなに頻繁には起こらない。少し転承の中にこそ本当の日々があり人生があるように思う。ほんの少しの転がその後の承を少しずつずらしていく。

ただこの本を数十年にわたって読んでいるうちに、私は当時の彼の年齢を超えてしまい、大人の仲間入りのつもりで読んでいた作品に若さを感じるようにもなってしまった。
(ペン・ソサエティーのペン・マスターから届く手紙を読んで「あ、このマスター実は若いのでは?」と勘づいてしまうような気持ちだ。)
それは少し寂しい変化だった。気に入って着ていたセーターが少し窮屈になってしまったような気持ち。

だけど私はお気に入りのレコードをかけるように、またこの本を手に取るだろうなと思う。

https://amzn.asia/d/g1FkOc0

この記事を書いた人

natasha

大阪でWebデザイナーをしています。フリーランスです。
得意な料理は具なしパスタ。
好きな飲み物はビール。
ハマっているのは限りなくストレートに近いハイボール。
あとはワインと日本酒。
特技は体育座り。

I’m a freelance web designer in Osaka.
I’m good at making pasta without fillings.
My favorite drink is beer. Whisky, red wine, Japanese sake and so on.
I usually just sit with my knees hugged.